タウン誌編集部の仕事は、一見すると過酷な労働条件だけど、自分の性にあっていたようで、徹夜や泊り込みなどしながらも、甲状腺は一見完治したかに思える所まできました。実際薬を飲むのをやめていたのですが、この思いもよらない引き抜き話であっけなく再発し、新しい街では、引越し荷物を解くより先に、紹介状を書いていただいた病院にまずかかりました。
通り一遍の問診と病歴の説明、血液検査などを経て、再度薬を飲むことが決まりました。同じメルカゾールで、1日1錠。ドクターによると、副作用のあまりない薬だし、将来(そんな予定はないですが)妊娠出産をするとしても影響ないし、一度再発してしまっているので、多分飲み続けたほうがいいだろうとのことです。
話は戻りますが、実家にいた頃通っていた総合病院は、私が行く時間帯は担当の先生がコロコロ変わりました。地元定住の方ではなく、中央から半年とか1年とかの期間で出張で来ていた先生の枠のようでした。
あまりにもたくさんの先生に診ていただいたので、全員は覚えていませんが、この街に出てきて今の病院にかかるようになってから、そこで再会した先生も複数いらっしゃいます。一人は特徴があったので(若い女医さんでした)お互い記憶にあり、お久しぶりです、なんて話をした覚えがあります。
この街に来てからしばらくは、かかっていた病院は同じだけれど先生が何度か変わったのですが、ここ数年は一人の先生、N先生にずっと診ていただいています。物腰がやわらかく、患者を安心させることがとても上手な、いいドクターだと思います。
この街に出てきたのが気温の上がりだす6月くらいで、甲状腺疾患は全般的に症状が進み、悪くなりやすい季節。おまけにこの年は猛暑で、一層その傾向が強かった年でした。
新規事業にありがちなことですが、新しい編集部は各方面の設定が不十分で、間もなくその経営は破綻。本社やいろんなところから、怖い人とかいろんな人がたくさん出てきて、男女関係からお金からもうどろどろのぐちゃぐちゃになって、私は失業しました。まあ、実家を出てくる時にいろんなケースを想定していて、3ヶ月で潰れるかもというのもその中にあったんですが、本当にそうなってしまって内心笑っちゃいました。
この3ヶ月のうち、終わりの方の1ヶ月は、比較的平穏無事に30年間生きてきた私にとって、最もハードだったと思います。私は直接責任を負わされることもなく、肉体的に痛い目に合わされることもなく、むしろ路頭に迷った状態をいろんな方から心配していただいたくらいでした。それでも過去最大級のストレスにさらされた私の体は、過剰な甲状腺ホルモンがじゃーじゃー出まくっていたようで、そこそこ食事をしていたにもかかわらず、高校の時の体重まで落ちてしまいました。
幸いにもその後縁あって、さほど時間を空けずに次の職場が決まり、本当に路頭に迷った期間は1〜2週間で済みました。しかし、慣れない街と慣れない仕事であることに変わりはなく、不規則な勤務で拘束時間も相変わらず長い毎日。また当時はギャラもさほど良くなかったので、暮らしていくのに精一杯でした。にもかかわらず、仕事で必要な道具や機材は出てくるわ、勉強も頑張らないとなので本も買いたいわで、「りんごが食べたいなーと思ったときにすぐりんごが買えるように早くなりたいなー」なんて思いながら暮らしていました。マ、過ぎてみればこれもいい経験ですが。
その傍らで、通院と投薬の日々です。毎日鏡を見ていると気付きにくいんですけど、たまたまこの年の暮れに、自分の顔をVTRで撮ったものを見る機会があったんですが、両目がぐーっと張り出しているのが一目でわかります。明らかに甲状腺機能亢進症の顔…我ながら気持ち悪い顔をしていると、悲しくなりました。
そのうち新しい環境にも慣れ、少しずつギャラも良くなって生活状態も安定するに連れ、病状も落ち着いていったようです。1年、2年…メルカゾールは変わらず毎日1錠飲んでいましたが、体調は少しずつ良くなって行きました。残念ながら、体重もあっさり戻りました。その結果、それと入れ違いになるように、私は新しい症状に気付くことになります。
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